この取り組みは、とあるエンジニアの興味から始まりました。
収益を第一に考えるのであれば、マイニングに特化したマシンや電気代の安い地域といった条件が必要となりますが、マイニングをするだけであれば、通常のパソコンでも問題はありません。
現に、今年1月に行ったセキュリティソフトの開発会社の調査によれば、勝手にマイニングを行うマルウェアの検知数は前年比で4400%超という極めて高いものでした。同社の調査によれば、マルウェアの感染先はパソコンやスマートフォンなどに留まらず、監視カメラなどのパソコンやスマートフォンに比べれば処理能力の劣っているIoTデバイスも含まれているそうです。
IoTデバイスは「常時稼働している」「パスワードを初期設定から変えていない」といったハッカー側からすれば悪用しやすい環境が整っているため、処理能力の低さは数を用意することで十分補うことが出来てしまい、こうした不正なマイニングが行われているとのことです。
今回マイニングを行ったデバイスは、そういったIoTデバイスよりもはるかに性能で劣る、50年前のコンピュータです。
このコンピュータはApollo Guidance Computer(以下AGC)と言い、1960年代に人類が月に行った時に使われたものです。当時のコンピュータは、冷蔵庫サイズから一部屋丸ごと占拠してしまうようなサイズのものがスタンダードだったため、重量にして30kg以下、1辺が30cm以下のサイズのAGCは、最先端の小型化の技術が詰まったものでした。
また、必要最低限の機能のみに限局しているため、その処理能力はそこまで高いものではありませんでした。そのため、単純に演算処理能力やメモリの容量だけを比較して「ファミコン以下」と揶揄されることも、しばしばありました。
AGCは月から帰還した後、NASAのヒューストンの倉庫に放置され、1970年代に廃棄されることになった際に個人に引き取られました。今回の試みはその引き取った所有者が行ったものです。
実際にAGCにマイニングを行わせてみたところ、1ハッシュを生成するのに10秒以上の時間を要しました。今年4月時点の最新のマイニングマシンのハッシュレートが毎秒68.4THなので、桁を揃えると以下のような結果になります。
AGC :0.1 ハッシュ/秒
最新機:68,400,000,000,000 ハッシュ/秒
実験を行ったAGCの所有者は、
「マイニングが出来たことは喜ばしいが、AGCが他のマイニングマシンの計算に先んじて、ブロック生成に必要な数値を運よく引き当ててビットコインを得るには、宇宙の年齢の100万倍以上の時間、トライし続ける必要があるだろう」
と語っています。
収益という観点から見れば、今回の取り組みは非常にバカバカしいものだと言えます。
しかし、こうした採算を度外視した取り組みは、仮想通貨がこれから裾野を広げていく上で無視できない点かもしれません。
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